2000.9.
27

フランス

2000.9.27-10.5
初めての3姉妹旅行。
フランスを周遊してきました。モンサンミッシェルではあまりの強風に羊がすっころんでたのが笑えました。


今回は妹2人と3人連れの家族旅行。
女もこの年になると、連れを探すのが大変でさあ。(20歳だけど、四捨五入すれば)
てっとり早く学生を釣ったというわけ。お金は親に借りさせて。私も薄給の身なので、出してあげるというわけには参りません。AIR代にしろホテル代にしろ旅行会社社員の特権を駆使しておりますので、ご勘弁願いました。

ヨーロッパ旅行に3人というのはあまり好ましくありません。なぜってヨーロッパはトリプルの部屋が狭いから。ツインの部屋にエキストラベッドをいれるので当たり前。またそのエキストラベッドが信じられないくらいしょぼかったりするし。中にはトリプル全くNOってホテルもあったりする。
が、理由もないのにひとりだけを誘うというわけにも参りません。結局3人旅となった。でも女兄弟も大きくなるととてもよいもんだなって実感した。なんといっても家族だから、ホテルでも気を使わないし、楽チンなのだ。フランスなんて日本からはるか何千キロも離れたところに来ているのに、そんな異国にいる心細さもふっとんでしまうから。皆さんも機会があれば是非家族で行ってみてください。




今回もメインは全日空で。9月28日で撤退してしまう関西空港発ロンドン行きの921便で昼頃関空を出発し、ロンドンで乗り継ぎニースイン。ニースのホテルについたのは真夜中で日本では朝7時。母親に「今着いたあ。今から寝る」と妹に電話を入れさせじゃんけんで負けた私が寝返りもうてないようなエキストラベッドで寝た。
ヨーロッパって遠い…乗り継ぎのロンドンヒースロー空港で5時間近く待ち時間があったせいもあるけど、もうこれ以上待てないようとベンチで寝てしまった。ニースへの飛行機の中でも機内食が出たが、食べる元気もない。ただひたすら早く着いてくれ!と願っていた。

ニースのホテルはこだわって、プロムナードザングレ沿いのウエストミンスターというホテルに泊まった。しかもシービュールーム指定。到着が遅くなるので、部屋をキャンセルされないようメッセージをぬかりなく入れといたが、なんとアサインされた部屋は2階だったのだ!2階じゃ眺めが悪いよう。かえてもらおうと思ったけど、ほんとかうそか今日は満室だという。きゃー、しまったわ。チェックインが遅いということはそれだけますますしょぽい部屋になるってことだわよ。アッパーフロアのリクエストも忘れずにいれときましょう、皆さん。
ともあれその日はニース観光。シャガール美術館やらマチス美術館やらへバスを乗り倒して向かう。

そしてついに私はこのニースである有名なものに遭遇してしまった。なにって、それはあの、悪名高きフランス国鉄のストライキ、である。たいして仕事もせーへんくせにストばっかりこきやがる!!このストライキのせいで予定が狂ってしまい、結局カンヌへは行けなかった。それにしてもこの日はストのせいでほとんどの列車が運休だったので、翌日夜行でパリへ向かう予定だった私達は、とりあえず明日は動くときいてほっとしていた。

翌日、オプショナルツアーでモナコとエズの半日観光に行くつもりだったが、インフォメーションセンターで「日本語ツアー、きれいな専用車でご案内」というパンフレットを発見。まあ、パブリックセンターにおいてあるのだからぼったくりではないだろうと思い、混載バスの料金とかわらなかったので、この専用車ツアーに申しこんだ。案内には「雅坊」というハンコが押してあった。「かわった名前の人だなあ、マサボーさんかなあ?」と思っていたら、なんのことはない、フランス人ガイドで「雅坊」はあて字なのだった。でも彼はとても親切だったし、日本語も上手で、パンまでごちそうしてくれた。3人での写真もたくさん率先して撮ってくれたので、現像したらこの日の写真が異常に多かった。(笑)セダンなので小回りが非常にきく。モナコの王宮で12時からの衛兵交替式がみたい、といえばバスでは入っていけない王宮の正面で降ろしてくれて待ち合わせの時間を細かく指示してくれる。車はとめとけないから。モンテカルロのF1コース上で車をとめて、ここが有名なトンネルだよお、と車が行き交う道路に並ばせて記念撮影までしてくれた。ニースに戻ってきて、駅で降ろしてくれというと駅でおろしてくれた。結局、スーツケース2ツもトランクに積んだまま運んでくれて助かった。とってもよいガイドさんでした。チップ忘れちゃだめよ。もうひとり、このツアー会社には日本人のガイドがいるみたいでしたが、彼でほんとによかったです!




その後、夜行で一路パリへ!!のはずが、ストの影響で約2時間遅れ。おまけに、フランスでは、フランスに限らないけど日本以外の国では、列車の車両が順番には並んでいないものなの。当然くるべき順番のところに私達の号車がないので焦ったけど、なんかテキトーに並んでるみたい…なんとか部屋はみつかったもののT3といって3段ベッドなものだからスーツケースを2ついれると足の踏み場もない!3人むかいあって会話もできないのでベッドに寝ながら会話した…・らいつの間にか寝ていた。
発車が遅れたけど、途中で取りかえして…なんてことはフランスではない。車掌に到着時間を確かめてみると「わからない」という!!仕方ないので近くなったら教えて、とだけ頼んでおく。結局、到着も2時間近く遅れて8時すぎにパリのリヨン駅に到着。でもあまり朝早く着いてもどうしよう…と思ってたところなのでちょうどよかった。そのままタクでモンパルナス駅近くのホテルへ。

パリでのお宿はMERCURE MONTPARNASSE。パリからモンサンミッシェルへ列車で行く予定だったのでモンパルナス駅近くが便利と判断したこと、それから空港へのリムジンバスが駅から出ているので。
このホテルは、日本で扱っているところがなくって仕方ないので正規の料金で泊まったけど、そんなに高くないけどけっこうよかった。なんといってもトリプル用のエクストラベッドがしっかりした造りだったので、ケンカせずにすんだし。

パリではお決まりの観光を一通り。凱旋門に登って、シャンゼリゼ通りを歩き、コンコルド広場で記念撮影。ルーブルも行ったしオルセーもいった。オランジェリーは残念ながら長期閉館中。美術館巡りをする人にはカルトミュゼがおすすめかも。ルーブルなんかは、入場券を買うのにもすんごい行列だから。それと作品解説の日本語オーディオはケチらず、1人1台借りた方がいい。3人で1つは聞こえ辛いしめんどー。

パリで私がはまったもの。それはサンドイッチ。フランスパンにハムをはさんだものがおすすめ。15フランくらいだったのだけど、フランスパンが堅くない!けど香ばしい。これにハムがはさまると、うーん素敵な出会い♪。ほんとどこでも売ってるんだけど、私はモンバルナス駅1階のサンドイッチ専門店チェーンらしき店のがお気に入りで、昼・晩続けてたべてもあきなかった。
それからホテルの2軒ほどとなりにあったイタリアンの店のピザ!レストランに入るほどの語学力はないし、安くあげるためにテイクアウトできるものを探して行き着いた。おいしかったので2度も行ったら、お店のオネエチャンに覚えられた。しかも同じメニューを頼もうとしたら、逆に「マルゲリータ?」と当てられてしまったあ。




パリで2泊したところで、モンサンミッシェルへ。朝7時すぎのTGVでレンヌ(RENNES)まで2時間半。そしてそこからバスに乗り換える。レンヌからモンサンミッシェルにむかうバスは午前1便しかないのでこれにあわせてパリを発つ。しかし、バス乗り場がわからない!!地図に表示された駅の北側50Mくらいのバスターミナルへいってみると、バスは1台もない。モンサンミッシェルへ行きたいの!といっても地元人には英語が通じないっ。バスの出発予定時刻が近づいてくるっ。と、なんとかモンサンミッシェル行きのバスはあっちだよ、となんとか英語で説明してくれるお姉さんが!なんのことはない、レンヌの駅に隣接した地味なグレーの3階建てくらいのターミナルビルがそれ、であった。バスの表示がでてるほうの駅の出口でてすぐ右隣。ここの1階でチケットを買う。そしてそこを通りぬけて外へでるとと、グレイハウンドのバスディーポみたいな感じでいろんな方面行きのバスが待っている。・・・とはいっても田舎なのでバスはまばらにしか来ない。

なんとか無事バスをつかまえることができた。そして揺られること2時間。やっとモンサンミッシェルである。でも雨。バスは通常はモンサンミッシェルの門の前のバス停に着くのだけど、潮が満ちているとそこまでいけないのでかなり手前で降ろされたりする。
そして横殴りの小雨と強風のなか僧院を観光。しかしガイドがいないと、どうもなにがどうなのかよくわからねー。他の団体のあとにこっそりついていったりしたが、残念ながら日本語のガイドがいない・・・。そして、もちろん名物オムレツを食す。ちょっと奮発して2000円くらいのコースランチをいってみたりしたけど、オムレツは、ふーんってかんじ。まずしい旅食事の連続だったので、ちょっと記念の雰囲気。

そしてそこからホテルにむかう。今回は島内ではなくて陸側にある「ST MICHEL(サンミッシェル)」というところ。このホテルはモンサンミッシェルが一望できる。特にトリブルルームはメゾネットになっていておもいっきりモンサンミッシェルビュー。しかも2階までの高さのぶちぬきガラスがはまっているので夜景もとってもきれい。
だけど、少し遠いので普通のカメラではあまりきれに夜景がとれなかったのが残念。
ここのボーイが超かっこいい。でも彼はフランス語しか理解しないので、タオルがほしい、という会話さえ成立しなかった!今度来るときはフランス語できるようになっとくでー!!

このホテルはモンサンミッシェルから陸側としては一番近いのだけど、とはいっても2KMくらいはあった。モンサンミッシェルから1本道で見えてるので近いように思ったけど、いざ歩くとかーなーり遠い。しかもものすごい向かい風。あまりの強風に放牧されている羊が風に転がってたもんね。ホテルまで30分もかかった。この時期すでにオフシーズンでタクシーがいなかったの!!翌朝もバス停まで歩くかと思うと気が重かった・・・。

モンサンミッシェルへ行くバスなんかの時刻表は確かフランス政府観光局のページからリンクされてたので興味ある方は是非行ってみてくださいませ。


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2000.6.
21

北欧・ロシア

2000.6.21-7.1
夏至祭のロシア。夜十時が真昼間の明るさ!
「夏は短し、遊べよロシア人」でな勢いでみなさん暗くなるまで遊んでおられました。ちなみに日没は深夜2時すぎです。。。


初めてのヨーロッパサブ添乗。
出発1週間前になって突然声が出なくなったりして焦ったが。
(だって声が出なかったら添乗員の意味がないじゃん!タダでさえ役立たずなのに。)
ソコは耳鼻科のセンセイに「何がなんでも治してほしい!」とお願いし、薬もたっぷり出してもらってなんとか出発した。
が、実は声が出なくなった原因は「栄養失調ですね」とか言われて度肝を抜かれたのだった。
だってうら若きピチピチの乙女が「栄養失調」だなんて!
確かに一人暮らし始めて2ヶ月たらずだったけどさ。
母親に伝えたところ、野菜ジュースが1ダース(!)届いた。。。

日本でもよく夏至の日の太陽は真東から昇る、とかという表現をよく聞くけど、北欧にきて初めて夏至の威力を感じた。
だって日本じゃ、四季はあるけど日の出や日没の時間は最も差があっても2時間位だ。
なのにロシアに泊まったその日がちょうど夏至祭の日だったこともあるが、この頃の日没は夜中だ。
夜ご飯を食べて外に出たら、まるで真昼間の明るさ。
夜の気配なんて全くない。
夜ご飯食べたつもりが外に出たらまだ昼間の明るさだ。時計はすでに午後8時半を回っているのに。
体のリズムが狂っちゃう。
現地の人は短い夏の太陽をあびようとしてか、暗くなるまで(つーか夜中の12時頃だ、暗くなるのは)街へ繰り出す。そら、5時ピタで仕事終わって帰っちゃうわけだ、と妙に納得した。
いったい何時になったら暗くなるんだろうとがんばって起きてみたりしたけど、12時頃暗くなったのを確認するのが精一杯だった。夢うつつで途中で目が覚めたら、なにやらもう明るい。
「!!!」と思って時計を見たらまだ夜中の2時。
どぇー、もう日の出かい。
夏の間はいつ寝りゃあいいんじゃい!と思ってしまった。夜はどこへ行ったんじゃ?
・・・よくよく考えたらこれが「白夜」ってやつだと思い当たった。
教科書とかではよく目にする言葉だけど、実際日本に暮らしていては体験しえないものなので全く実感が伴ってなかった。
夏至の頃の北欧には夜がないのだ。太陽は沈みきらないのだ。
その分、冬は10時頃日の出で15時には暗くなってしまうという。
自然て厳しいのね・・・

アンデルセンの童話「人魚姫」に出てくる人魚の像が実はデンマークのオーデンセにあって訪れたのだが、
この世界的に有名な人魚姫の像、びっくりするほどちっさい。
世界三大がっくりの1つだという噂はあながちウソでもない。
高さ80センチ。実物大なのかもしれない。
まあ、小さいのは仕方ないのだが、確かに人魚姫が巨像だったら雰囲気ぶち壊しだし、なによりその立地があまりにもかわいそうだった。
ただでさえ、想いかなわず海の泡になってしまうかわいそうな姫なのに、北欧のその晴れた青空とは縁遠そうなイメージの暗い海にぽつねんと建って(まあ実際は座ってるんだけど)いる。
せめて花壇の真ん中に、とか思ってしまう私は夢見る少女すぎだろうか。
彼女が次は人間として生を受けることを願わずにはいられない風景なのだった。



「ロイヤルコペンハーゲン」という陶磁器で有名なコペンハーゲンで私は思いがけないモノに出合った。
それは、羽毛布団!
よく考えれば北欧なんだから羽毛はあたりまえなのだけど。
ホテルのベッドに羽毛布団が使われていたのだ。
だって普通、外国のホテルでは掛け布団はシーツ+毛布だ。
あの最大限にきっちりマットレスに織り込まれたシーツと毛布をベリベリとはがしてからでないと、仰向きに寝転んだとき足首が上にむけれないなんともやっかいなヤツ。
ところが、コペンハーゲンのホテルでは(そのホテルが偶然、だったのかもしれないが)、ベッドの上にふかふかそうな掛け布団が!
感動、であった。熟睡できたのは言うまでもない。
やっぱり日本人には布団だなー。
なんで外人さんはあんなペラペラなもの(毛布とか)着て寝るんかな~。

あと日本の倉敷にもあるけれど、チボリ公園。
本家のチボリ公園は夜遅くまで営業していて、というか夜が本番みたいで、日が暮れてライトアップされてくると、人々がわんさか繰り出してくるのには驚いた。
私はジェットコースター大好き人間なのでモチロン乗ったのだけれど、(実は添乗中なのでさすがに乗れないと諦めていたのだが)、夕食後の真っ暗な中にジェットコースター乗ったのは初めてだったしちょっと気分が悪くなってしまった。。。



暗いイメージが似合うロシアだが、短い夏・それも夏至だったので滞在中は雲ひとつない青空に恵まれた。
その一瞬輝く夏空の下で見るロシアの建物はどれも重厚で荘厳なものばかりだった。
エルミタージュ美術館もクレムリンも聖ワシリー寺院もなにもかも。
フランスのような華麗さはないけれど、おちついたしぶい、そしてところどころに社会主義の影が垣間見えるそんな国だった。
関西からは週に1便しかモスクワ行きの飛行機がないけれど、是非夏に訪れてほしい美しい国だと思った。


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1999.9.
21

中欧

1999.9.21-29
ウィーン、ブタペスト、プラハを巡る旅。
静かで美しい町並みが広がります。私はやっぱりブダペストのドナウ河ビューのお部屋からみた夜景が世界最高だと思います。



今年も9日間も休みを無理やりもらう。そして憧れの中欧へ。大学時代からの友人と2人で。ウィーン・プラハ・ブダペストを巡る旅。

今回は初めてKLMオランダ航空を利用した。うちはKLもよく使ってるから、が理由。だがしかし、9月も下旬だというに、オーバーブッキングで便が全然決まらない。結局前日になって関空からアムステルダム乗り継ぎのウィーン夕方インのはずが、関空からバンコクで乗り継ぎ、アムステルダムからウィーンへ翌朝入る便に振られてしまった。はずだったが、それはむごいと上司が言ってくれたため、急遽関西空港からウィーンへの直行便で行けることになった!!わーい!!帰ってきたら馬車馬のようにはたらきまーす、生きてたらと約束しつつ出発。
この直行便は全日空とオーストリア航空の共同運航便で機材乗員ともオーストリア航空だった。スッチーさんの制服がまたすごい。全身赤。ジャケットもスカートもタイツも靴もである。私なんかは目がちかちかしてまった。

出発の日はちょうど、台湾で大地震が発生した日で関空へ向かうはるかの中で近くに座っていた添乗員とおぼしき男性が電話で慌てふためいて情報をかき集めていたのを鮮明におぼえている。私自身も半年前に訪れた国だったので、朝テレビで見てびっくりして、だいじょうぶかなあと心配していた。どうも私が訪れた国はだいたい半年後に大地震とか大事故に見舞われている。トルコもそうだったし、イギリスも列車事故あったし。偶然よなあああああ。私、災い女とちがうよねええ。ちょっと心配。
だが私は雨女なのだった…・・


とかなんとかいいつつあっとゆー間にウィーン・シュベヒャート空港に到着。今回はホテルは全部日本から予約していった。ウィーンはリムジンバスが着く西駅近くの1泊1人3000円くらいの安宿。どんだけひどいか心配だったけど、全然きれい。でもテレビがなかったのでなんだかさびしい。ついててもどうせ言葉はわからないんだけど。

着いた夜は近くのマクドナルドかなんかで夕食を済ませ、爆睡。
ウィーンの街は広くない。西駅から地下鉄に乗って、中心地あたりで降りてしまえば主な観光スポットはほとんど歩いてまわれちゃう。ケルントナー通りにあるシーフードレストランで昼食をとったけど、ここがおいしかった。チェーン店みたいな気軽にはいれるファーストフード店みたいな感じなんだけど、サラダとかすごいおいしいの。ちと高いけどね。友人が気にいって翌日もここでお昼した。




世界最高の街ブダペスト。ウィーンからブダペストに行くルートでバスで行くか電車で行くかもめたが、結局電車の方が安かったので電車に決定。もちろん西駅から出発する。列車は普通のローカル線だが、車両はきれいで、多分夜は寝台列車として運行されているようで、個室がならんだもの。すいていたのでゆっくりできた。国境を越えると両替屋さんがまわってきたりする。パスポートにおしてくれた出入国スタンプが電車のマークでかわいいーとかいってるうちに列車に到着。

今回は日本で手配していたあの「美しき青きドナウ」で有名なドナウ川沿いのマリオットホテルに泊まる。このホテルに泊まったらば、なにがなんでもおススメはリバービューの部屋。チェックインの時、だめかなっと思ったけど、試しにリバービュープリーズといったら、あっさりOK,とのこと。きゃああ、ほんとに川沿いだあ。これが美しい!!夜景が最高!!川の向こうがブダ地区で小高い丘になっているところへ、王宮が建っている。そして川にはくさり橋。夜になるとくさり橋と王宮周辺がオレンジのライトでライトアップされる。これがすんごい、きれい。マリオットの部屋はバルコニーがついているのでここから写真が撮れる。私が今まで旅先で出会った中で最高のシーン。ドナウ川沿いにはもうひとつ「インターコンチネンタル」というホテルがあって、ここは客室の半分がリバービューで、予約時に追加料金を払えばリバービューを指定できる。くさり橋にも近くて迫力あるのだけど、いかんせん高い。それにバルコニーもないのがちょっとね。その点、マリオットもデラックスクラスだけどそこまで高くないし、個人的にマリオットのインテリアとかは落ち着いた感じで部屋もけっこう広いので気に入っている。ブダペストに泊まるならマリオットは超おすすめ!

そして教会でのオルガンコンサート。チケットを買おうと、わざわざ「ADULT、TWO、PLEASE」と言っているのに、「STUDENT」のチケットをくれた。ま、安いのでいいけど、私たちはどこに言っても結局学生に区分されてしまった。




そして最後の訪問地、百塔の街プラハ。プラハらしく小雨が降るもの悲しい天気。
旅も後半なので、ちょっと歩くだけでもすぐ疲れを感じてしまう。
プラハでの宿はバックパッカーには不似合いなルネッサンス。
だって安かったんだもーん。
プラハではユダヤ人街などリアルな負の遺産も見学した。
虐殺されたユダヤ人の名前が建物の内側の壁にびっしり書き込まれていたのには驚いてしまった。
その数は半端ではない。ウン十万人が殺されたのだ。
どうしてユダヤ人がそんなにも辛い運命を背負っているのかしら?
だってそもそもユダヤ人の放浪の始まりは聖書の時代から始まってるじゃない?
それなのに、2000年以上だった現在だって、まだ中東はもめてるじゃないねえ。

日本は遠かった!
そして帰国日。
余裕を持って空港に着いたのに、チェックインカウンターには長蛇の列。
いや~な予感。2時間前なのに搭乗手続きを開始してないってことは、すでにディレイ(遅れ)が決まっていて、しかも出発の見込みがたっていないってことがよくある。
さんざん待たされた挙句、やっとこさチェックインはできたけれど、案の定「20分遅れている」とか言う。
うおー、これは絶対20分どころの遅れではにゃーな、と踏んだ私は正しくて、20分が1時間になり、2時間になり、結局3時間近く遅れた。
私達は2時間程の乗継時間で日本へ帰る便に乗り継がなくてはならなかった。
しかも乗継便はラッキーなことにビジネスクラスにアップグレードされていたのである!!
何が何でも飛んでもらわなくちゃっと焦る私達をものともせず、飛行機は「天候不順」とかいって一向に出発する気配がない。
うそつくなっちゅーねん、他社便はバンバン飛んでいるというのに(怒)
40名の団体なんかをのせている便だと遅れても、乗継便が待ってくれていたりするのだけど(だってそんな大量に振り替え不可能だから)、プラハなんてマイナー都市から飛んでくる飛行機から関空行きに乗り継ぐのは私達2人くらいなものだったらしく、乗継便は私達を待ってはくれず無常にも出発してしまっていた。
乗継カウンターでは「ほいっ」と明日のチケットを渡され呆然とする私達。
あ・あした着かなきゃ、あさってから会社いけないじゃないのお。
すでに9日も休みをとっているのである。これ以上は1日たりとも休めない・・・
私はあきらめてホテルを探したのだけど、人の足元みやがって、かなり高い・・・
そうこうしているうちに私達は見つけてしまった。
目の前のゲートに停まっている「鶴のマーク」の飛行機を!
掲示板をみれば行き先は「NARITA」。
私の友達は一言、「あれで帰る。」
格安航空券が到底他社便にエンドースしてもらえるはずないと知っている私は「無理無理」といったが友人は「席さえあれば乗せてもらう!!」とゴーインに交渉開始。
彼女の熱意には百戦錬磨のカウンターのおばちゃんも負けたらしく、ついに私達はその飛行機にのせてもらえることになった。しかもNARITA行きの便なのに大阪までの便もつけさせて。
しかしその便は満席で、全員が搭乗手続き済んだことを確認してからしか席が確定しないという危うい状況で、シートナンバーがもらえたのは搭乗開始10分前。
気が気ではなくて、さっぱり買い物もできなかった。
もらえた席は最後尾の胴体が細くなって3席並びだった席が2席ならびになったまさしくソコで、機内食がまわってくるのも最後なので選択の余地もない、悲しい帰国便であった。
スッチーさん:「和食にされますか?洋食にされますか?」
私:「じゃあ、和食お願いします。」
スッチーさん:「あいにく和食がきれておりまして・・・・」
私:「・・・・・・・。(ならきくなっつーねん・・・)」
まあ、無理にのったんだから文句はいわないさ。

成田に着いたらやっぱり私達の預け荷物は着いていなかった。
そらそーだわな。明日着く飛行機に乗せかえられているハズだもんなー。
でもおかげで、身軽で家まで帰れちゃった。
成田空港で、所定の手続きを済ませておけば、荷物がついたら通関して家まで届けてくれちゃうの。
モチロン、タダ。
行きに荷物がなくなちゃうのは悲劇だけど、帰りならいいわっと思ってる私って罪?


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