トルコ
1998.2.27-3.8
卒業旅行、初めてのパッケージツアー。
思えば私の旅行業人生の原点はココにあったのかもなあ。
卒業旅行として友人と3人ではじめてツアーに参加した。本当はエジプトに行きたかったのだけど、直前にハトシェプスト女王の葬祭殿で乱射事件があり、エジプト行きのツアーはすべて中止になっていたため、似たようなトルコ周遊にした。しかし安い。S社主催10日間で13万円。全食事付き。もうかってんのかい、と思っていたらやっぱりもうかってなかったらしく、S社はこの年の11月に倒産してしまった。
13万は安いと思ったのは私たちだけではなかったらしく、結局バス3台90人という大ツアー。添乗員3名。客90人にバス3台というのは、ツアーとしては親切ツアーでございます。なぜかっていえば、1台のバスにぎゅーぎゅーに詰めこむ方が頭割り分費用が安くおさまるわけです。ちなみにうちの場合、1台44人までは積みます。どーしてもって時は46人かな。だから、今回はらくちんツアーってわけ。
私はアジア系というか韓国系キャリアに縁があるのか、今回はアシアナ航空で一路イスタンブールへ。モチロンソウル乗り継ぎ。金甫空港。ここは降り立つとキムチなのかなんなのかよくわからないにおいがすることでも有名。でももうすぐ2001年4月には新しい空港がオープンしちゃうのね。国際線はぜーんぶ新空港仁川空港にうつっちゃうんだよー。あー、あのにおいともお別れか。
ちなみに帰りは夕方ソウルに着くのだが、日本を目の前にして乗り継ぎ便がないためソウル1泊。しかーも日本へ帰るよりも時間のかかるなんだかすっごーい遠いホテルに連れていかれたのですることない。だがしかし、もう疲れてふらふらだし寝るだけだったから問題ないけどさ。でもホテルにはすでに3つめのベッドが搬入してあったし、スリッパなんかもあったので、あーやっぱりアジアのホテルだわーとほっとした。
ソウルの空港は写真撮影禁止なのだ。平和に見えるけど、北朝鮮とは休戦しているだけなのでスパイなどの取り締まりが厳しい。しかし、そんな注意もころっと忘れて記念撮影してしまいました。見つかるとフィルムごと取り上げられるそうなのでご注意を。
トルコへ行って一番びっくりしたことは、トルコに夜到着した後、私たちをのせたバスが空港をでるなり最初にむかった先が、ガソリンスタンドだったことだ。もちろん給油するために。お、お、お?と思っている間にガソリンスタンドの定位置にストップしてしまった。このときはさすがにバスの中で「おいおい、どこ行くねん」とどよめきが驚きが広がったことはいうまでもない。なんちゅーか、トルコらしいよねー。
2番目に驚いたことはインフレの激しさ。紙幣の単位がすごい。1枚が100万とか何百万トルコリラという額面なのだ。しかもガイドさんが、レストランとかで料金を現払い(その場で現金で払って精算すること。通常ツアーではまとめて請求書で精算するため、レストランではバウチャーとよばれる紙切れクーポンをだすだけなのだ。)するために、10センチほども分厚い紙幣の束を持ち歩いているのだ。現地8日間30人分の費用だという。すさまじい…その紙幣束の分厚さもさることながら、額面にならぶ0の数にたまげてしまう。100万トルコリラなら「1,000,000」と印刷されている。が、こんな高額数字に縁のない私たちはいちいち紙幣をひろげて、イチ、ジュウ、ヒャク、セン、イチマン、ジュウマン…と数えなくてはならない。めんどうきわまりない。ので、こんな慣れない外人の為に色分けしてくれているのか、紙幣の色で区別していた。といっても、やっと覚えたころにはもう帰国だったけど…。
それからもうひとつ。食事のときのドリンクオーダーのとき、コーラ、ヨーグルト、チャイ、トルココーヒーにまじって必ず「ネスコーヒー」というのがどこのレストランでもあるので、「なんだ?ネスコーヒーって。ネッシーの親戚かあ?」などと思っていた。(このドリンクも25万もする。トルコリラで。)ら、とあるレストランでこのネスコーヒーが偶然紅茶のお湯とティーパックのように別々にサーブされたのだ。そのときお湯とともに出てきたのは、出てきたのは!、「ネスカフェ」の粉タイプ1回分だった!!「ネスカフェ」は確かに訳せば「ネスコーヒー」だけど・・・(爆涙)
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