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1998.05.
29
金曜日

イギリス領香港

1998.5.29-6.1
初・海外研修!
しかーし暑い国です、香港て!!
中国領返還前の香港でお勉強しました。・・・はず。


会社の新入社員研修と一環として香港旅行博の視察。
きゃー、なんて気前のいい会社なのー、と思っていたら最初で最後だった。
全日空の最新機材777(トリプルセブン)にてイギリス領香港へ。初めて日系キャリアにのった。しかしなんだなー。アジア系のスッチーは美人だす。


そう、このときはまだイギリス領だったのだ。だからって今もなにもかわっちゃいないけど。空港はいまはなき啓徳空港。伊丹みたいに街のド真中に位置する空港。
道路を走ってると、高層ビルのかげから機体がにゅうっと今にも着陸しそうな高度でまさしく「降って」くる。ほんと初めてみたらびっくりするよ。いまはもう、香港島のチェックラップコック空港だかになってます。中国領だしい。

香港といえば、世界三大夜景に数えられるネオンの美しい街。
でも香港のネオンはまたたかないの。あのどうやってプログラミングされているのか、右端から順に点いていって今度は逆から消えていったり…というあのネオン。
それは空港が街中にあるがゆえ、滑走路の誘導灯と間違われないように。
こわいよねえ、飛行機の運チャンがまちがって道路とかに降りちゃったりしたらさ。


ホテルはミラマー。ほんとはマジェスティックの予定だったが直前に変更。
諸先輩方の話ではミラマーはいまいちとのハナシだったけど、なにがどうして。部屋は広いし、従業員の教育も程よく行き届いていてGOO.大通り沿いの便利なロケーションで申し分ない。豪華すぎないので、旅行で気軽に利用できる。だってぺニンシュラとかだったら、旅行者の格好で出入りしたらういちゃいそうじゃーん。だからってスーツとか着るのってめんどー。ま、今回は研修だったのでスーツだったけど。
香港はとにかくあづい。湿度がハンパじゃないのだ。私は暑い国は苦手なので、滞在中ほんっと体力を湿気に奪われっぱなし。もう熱帯はこないぞー。旅行するときは、ヨーロッパの場合はシーズンオフ、アジアの場合は雨季には注意しよう!!


うちの会社では研修には必ず試験が実施され、即刻順位が発表され、同時にトップからびりっけつまでの順位一覧が所属長へ報告されるすばらしい制度がある。
試験といってもうちは旅行会社だから、出るのは観光地の読み方とか所在地とか航空会社の2レターコードとかである。私の場合、仕事ではヨーロッパ専門なもんだから国内の知識がさっぱり増えていかないからこまりもの。国内はこ・ま・か・い。なんたら温泉やらうんたら峡やらで。勘弁してくれー!!(叫)
試験がない時は、例えば他社さんと混載の研修の時とか、帰国後にレポート提出。このレポートがまずいと2度と研修はまわってこない。うーんやっぱ、プレッシャーよなあ。


とにかくこの香港は暑くてそのほかのことはさっぱり覚えちゃいない。スケジュールもすごいきつくって、観光に次ぐ観光(仕事だからねえ)で自由行動はない。唯一、ホテルに戻って食事に行くまでの間30分を利用してショッピングにでかけた。同期が金城武の写真集を買うというので。しかし行ってみて驚いたけど、香港では日本のドラマが大流行。半年くらい前に放送されていたドラマがもうビデオになって売られているし、主題歌が堂々と店内にながれている。カセットテープもばーんと販売されているし。CDじゃないところが、ふふふだね。ところで、ホントかガセか今もわからないけどCDは外国製品は持ちこめないってのは、どうなのかしら?小心モノの私はようためせないのでしゅ。


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1998.02.
27
金曜日

トルコ

1998.2.27-3.8
卒業旅行、初めてのパッケージツアー。
思えば私の旅行業人生の原点はココにあったのかもなあ。


卒業旅行として友人と3人ではじめてツアーに参加した。本当はエジプトに行きたかったのだけど、直前にハトシェプスト女王の葬祭殿で乱射事件があり、エジプト行きのツアーはすべて中止になっていたため、似たようなトルコ周遊にした。しかし安い。S社主催10日間で13万円。全食事付き。もうかってんのかい、と思っていたらやっぱりもうかってなかったらしく、S社はこの年の11月に倒産してしまった。


13万は安いと思ったのは私たちだけではなかったらしく、結局バス3台90人という大ツアー。添乗員3名。客90人にバス3台というのは、ツアーとしては親切ツアーでございます。なぜかっていえば、1台のバスにぎゅーぎゅーに詰めこむ方が頭割り分費用が安くおさまるわけです。ちなみにうちの場合、1台44人までは積みます。どーしてもって時は46人かな。だから、今回はらくちんツアーってわけ。


私はアジア系というか韓国系キャリアに縁があるのか、今回はアシアナ航空で一路イスタンブールへ。モチロンソウル乗り継ぎ。金甫空港。ここは降り立つとキムチなのかなんなのかよくわからないにおいがすることでも有名。でももうすぐ2001年4月には新しい空港がオープンしちゃうのね。国際線はぜーんぶ新空港仁川空港にうつっちゃうんだよー。あー、あのにおいともお別れか。
ちなみに帰りは夕方ソウルに着くのだが、日本を目の前にして乗り継ぎ便がないためソウル1泊。しかーも日本へ帰るよりも時間のかかるなんだかすっごーい遠いホテルに連れていかれたのですることない。だがしかし、もう疲れてふらふらだし寝るだけだったから問題ないけどさ。でもホテルにはすでに3つめのベッドが搬入してあったし、スリッパなんかもあったので、あーやっぱりアジアのホテルだわーとほっとした。


ソウルの空港は写真撮影禁止なのだ。平和に見えるけど、北朝鮮とは休戦しているだけなのでスパイなどの取り締まりが厳しい。しかし、そんな注意もころっと忘れて記念撮影してしまいました。見つかるとフィルムごと取り上げられるそうなのでご注意を。

 
トルコへ行って一番びっくりしたことは、トルコに夜到着した後、私たちをのせたバスが空港をでるなり最初にむかった先が、ガソリンスタンドだったことだ。もちろん給油するために。お、お、お?と思っている間にガソリンスタンドの定位置にストップしてしまった。このときはさすがにバスの中で「おいおい、どこ行くねん」とどよめきが驚きが広がったことはいうまでもない。なんちゅーか、トルコらしいよねー。


2番目に驚いたことはインフレの激しさ。紙幣の単位がすごい。1枚が100万とか何百万トルコリラという額面なのだ。しかもガイドさんが、レストランとかで料金を現払い(その場で現金で払って精算すること。通常ツアーではまとめて請求書で精算するため、レストランではバウチャーとよばれる紙切れクーポンをだすだけなのだ。)するために、10センチほども分厚い紙幣の束を持ち歩いているのだ。現地8日間30人分の費用だという。すさまじい…その紙幣束の分厚さもさることながら、額面にならぶ0の数にたまげてしまう。100万トルコリラなら「1,000,000」と印刷されている。が、こんな高額数字に縁のない私たちはいちいち紙幣をひろげて、イチ、ジュウ、ヒャク、セン、イチマン、ジュウマン…と数えなくてはならない。めんどうきわまりない。ので、こんな慣れない外人の為に色分けしてくれているのか、紙幣の色で区別していた。といっても、やっと覚えたころにはもう帰国だったけど…。


それからもうひとつ。食事のときのドリンクオーダーのとき、コーラ、ヨーグルト、チャイ、トルココーヒーにまじって必ず「ネスコーヒー」というのがどこのレストランでもあるので、「なんだ?ネスコーヒーって。ネッシーの親戚かあ?」などと思っていた。(このドリンクも25万もする。トルコリラで。)ら、とあるレストランでこのネスコーヒーが偶然紅茶のお湯とティーパックのように別々にサーブされたのだ。そのときお湯とともに出てきたのは、出てきたのは!、「ネスカフェ」の粉タイプ1回分だった!!「ネスカフェ」は確かに訳せば「ネスコーヒー」だけど・・・(爆涙)


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1996.08.
04
日曜日

トロント

1996.8.4-9.8
初めての海外がたった一人でのホームステイ!
あんがい度胸のある私。いや、若気の至りというのかも。。。
6週間のホームステイの記録。


念願の短期留学。まだ世の中のことなんてなーんもしらない箱入りの英文科学生だった頃のハナシ。

旅行会社に就職した今思えば、一年で最もAIR代の高いこの時期に出発せんでもええのにってかんじだが、そんなことを知るよしもなく、前期試験終了次第出発と相成り、生協で一番安いチケットを漁ったらKE(大韓航空)になった。関空~ソウル~バンクーバー~トロント。何時間かかったかしら?
数字に弱いので計算したことないけど、すんごい遠かった。なんせ目的地は東なのに、関空を離陸してまず西に逆戻りするんやからなあ。

備えあれば…
トロントに着いたら着いたで、夜10時だというのにホームステイ先の家までの送迎サービスが来てない!!ステイ先の電話番号だけはきいておいたのですったもんだのすえやっとこさタクシーをつかまえてそこまで行く。なんせ「白タクにはご注意」とは思っていたが、そもそも「白タクってなに?」ってレベルだったのだから。

この留学は、留学代行機関Mを利用したのだけど、ここが私の到着便の手配を間違えたのが原因だった。初めての海外で不安だからわざわざ高い料金を払って送迎サービスを申しこんだというのに、到着早々このトラブルではね・・・。それにこのMがステイ先を知らせてきたのは出発の前日だった。ちょっとひどいわよー。で、ステイ先の電話だって、両親がしつこく出発前に問い合わせしたから教えてくれたようなもので、もし知らなかったら私は空港で夜明かしするとこだった。あぶねー。
ま、そんなこんなで私のホームステイライフはスタートした。


どうしてカナダにしたかというと、それは…行ってみたかったから。というのが第一の理由。
第ニは、英語の問題としてアメリカ英語とイギリス英語がほどよくミックスしていてちょうどよい国だと判断したから。第三は治安が比較的よいから。どうして私がその広大なカナダの中からトロントをステイ先に選んだかというと、それは日本人が少ないだろうという一言につきる。ま、でもどこでも英語学校は日本人だらけ。下の方のクラスは特に。

後日談だが、結局空港からステイ先の家までのタクシー代は返してもらった。学校側が立て替えて返してくれたのはよいのだけど、小切手だったのだ!私は生まれて初めて小切手を手にした。
さすが、カナダはなんでも小切手なんだわ、とその時はえらく感動したけど、小切手を現金にかえてもらうのに一苦労。銀行の窓口をたらい回しにされ、しかも手数料までとられたのだ。でも銀行で貴重な体験ができたわ、とよろこんでた私ってけっこうしあわせもの。


オペラ座の怪人
6週間の滞在期間中、印象に残ってるのはミュージカルと近郊のナイアガラフォールズとオタワに行ったこと。
ミュージカルは王道「Phantom of the Opera(オペラ座の怪人)」。学生という身分は便利なもので、定価の約4分の1程の料金でオーケストラというよい席でみることができた。でも英語の歌なので何を言っているのかさっぱり。(唯一「Come with me!」だけは理解できたけど。)でも、歌の上手なこと。演出の迫力のあること。あの時きいた歌が忘れられなくって、翌年トロントへホームステイに行った後輩にCDを買ってきてもらったほど。
これに感動した私は帰国日前夜に「美女と野獣」を観にいった。つもりだったが、間違えて隣の劇場に入ってしまい(えらくチケット安いなあ、と思ったんだよな)、幕が開いてみてはじめて自分がちがう劇場にきてしまったことを悟ったのだった。それは無名のよくわからない、推測するに、農村のロマンスってかんじのミュージカルだった。みなさん、大事なことは日程に余裕をもってやってしまいましょう。
結局私は「美女と野獣」はみれずじまいで帰国するはめになった。あれから4年近くの年月がたったがいまも観ていない。


ナイアガラの滝
ナイアガラはグレイハウンドのバスで行った。グレイハウンドというのはアメリカ大陸中心のネットワークを網羅するバス会社のことである。日本より安いし、乗り心地はよいし、1日に何本か走っていてとっても便利。
ナイアガラはすごい迫力だった。しかしなんだか直前に食べたビーフハンバーガーのせいで気分が悪くなり、夜のライトアップまでいるつもりが耐えられなくて私ひとり先に帰るはめになった(T0T)
アメリカ滝とカナダ滝があって、カナダ滝の方が大きくて迫力があったと記憶している。かっぱをきて「霧の乙女号」にのり滝壷近くまで行くことができる。かっぱをかぶらないとほんとびしょびしょになる。
でも心配する必要なし。乗船するときかっぱもくれるから。
ついでだからアメリカ滝も見ようとわざわざアメリカに入国した。橋を渡るとそこはアメリカなのだ。
しかしちょっくら滝をみるためだけに入国するってゆーのに、入管でしっかり10ドルくらいとられた。(なんの費用だったのだ?)

超ショック!!
オタワもバスで行った。ホストマザーがバス会社に電話してくれて安いチケットを買って。
知らない人もけっこう多いと思うけど、カナダはイギリス連邦だったためいまでもイギリスの文化がけっこう残っていて、衛兵交代式が夏期だけ首都オタワの国会議事堂まえでみられるのだ。
JT×のガイドブックを信じてわざわざ行ったというに、待てどくらせどはじまらないのでおかしいと思ってきいてみると、なんと!今年は昨日で終わったという。……・私はこの信じられない人生最大のショックに道端で真剣言葉を失い放心状態だった。あまりに私がショックをうけたようだったので、元気づけようとしてくれたのか現地のカナダ人が「大丈夫だよ。また来年きたらいいよ!」という。なにを言う、私には来年はないのだよ。号泣。


計算外だったのはこれくらいで、私は無事6週間の滞在を終え帰国の途についた。帰りはトロント~バンクーバー~ソウル~関空。トロントでKEのチェックインゲートがわからず、右往左往してしまった。
私は日本へ帰るのだから国際線だと思いこんでいたが、実はバンクーバー経由だったので国内線から出発するフライトだったのた。従って焦っていたので気付かず搭乗したけれど、バンクーバーに着いてから、はたと気付いたコトがある。それは出国手続きしてないってこと。海外旅行デビューの私が、国によっては出国審査がないってことを知っているはずもなく、日本で入国するときカナダで出国してないってゆわれたらどーしよううう!などとどきどきしていた。
結局何も指摘されることなく無事帰国できた。(あたりまえか)


このステイは私の人生を大きくかえてくれた。やっぱり「百聞は一見に如かず」。
どこがどう変わったと説明することはできないけど、やっぱり外国語を習得するのはその国に行って見るのが一番。その国の文化とかに触れるうちに、単語の使い方とか言いまわしなど独特の勘がつかめるってゆーか…。とにかく英語をマスターするのに、カナダはよいところだと思う。トロント万歳!
ちなみに私が入ったのは、LANGUAGE STUDIES INTERNATIONAL TORONTOです。
おおきすぎず、きれいなビルの中にあってたいへんGOO!だったよ。
是非、検討してみてくださいませ。


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