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1998.11.
22

シチリア

1998.11.22-30
マフィアの街シチリア。そして誰も知らないであろう、コルシカ島の北に浮かぶ島サルデーニャ。
きっとこの業界にいなかったら知らずに過ごしたであろう島を訪れました。


入社して2度目の研修、初めてのヨーロッパ。イタリア行きはイタリアであるが、本土ではなくコルシカ島の北に位置するサルデーニャ島という島とシチリア島をまわる9日間。

今回はアリタリア航空でミラノへ行き、そこから乗り換えてサルデーニャ島のアルゲーロ空港へ行く。またこれがとんでもなく遠い。ホテルに着いて、夕食のテーブルを囲んだ時は日本を出発して約20時間近くたっていた!
アリタリア航空の機内では離陸して間もなくおしぼりではなく、靴下が配られた。最初それが靴下だとわからずなにするものぞと悩んでしまった。またキャビン近くの席のせいもあったが、スチュワーデスコールが壊れてなりっぱなしでうるさいったらありゃしないっす。
だがしかし、日本からはるか離れたこーんな離島のサルデーニャのとある空港で日本で預けた荷物を無事受け取った時は、感動してしまった。まあ、よくもこんなところまでなくならずに無事着いたことだわあ、と思って。


サルデーニャ島には日本人にはなじみが薄いけどヨーロッパでは人気のリゾート、コスタズエメラルダという避暑地がある。避暑地なので秋・冬は「閉鎖」されている。ホテルもクローズするので訪れなかったけど、なんとも美しいネーミング。訳「エメラルド海岸」。


なんか先人の遺跡ヌラーゲとかも見学したけど、はっきりいって興味がわかない。どう転んでも、日本人観光客は100万年待ってもこないようなところ。3泊くらいしてから飛行機でシチリア島のパレルモへ。このパレルモへ移動する日に私はホテルのセイフティボックスにパスポートを忘れてしまい、わざわざ離団してとりに戻った。といっても1人きりじゃなくって、現地の観光局の人と一緒に。旅行会社の社員として研修に来ているのにパスポート忘れるなんて、情けなさの極みで泣きそうになった。それなのに、私は懲りずに毎回旅行の度にいろいろ忘れ物をしてきてしまうのだった。ビザやら携帯やらカサやら・・・。友達曰く「ビョーキちゃう?」


シチリア、といえば形容詞は「陽光輝くリゾート地」と決まっている。実際私もそんなイメージだったのだけど実際は、一言でいえば、シチリア島は歴史ある深い趣のある島である。タオルミーナやアグリジェントは言うに及ばず、パレルモでさえギリシャあたりで見かけそうな(行ったことないけど)古い建造物が建ち並ぶ荘厳な街並み。夜の街灯がナトリウム灯(トンネルとかに灯されてるあのオレンジ色のやつ)なので大理石っぽい建物の白い石がやわらかいオレンジ色のライトで闇にぼおっと浮かび上がる。そして広場では大きな噴水。きゃー、雰囲気満点だわあ。


でもそんなロマンチックな夜とは裏腹にシチリアの町はコワイ。まずマフィア。裁判所と刑務所は隣接しており、しかも両者は地下通路でつながっているらしい。なぜってそれはマフィアのボスが護送されてる間に襲撃されるのを防ぐためとか・・・(冷や汗)。そして裁判所の天井は爆撃にも耐えるように作ってあるそうデス。マフィアに空爆されてもダイジョブなようにだって!!ひーっ。
そして次に交通マナーの悪さ。道路という道路に車がびっしり縦列横列違法駐車。信号待ちしてんのかと思うような堂々たる駐車ぶり。車社会に育った私達でさえ道を横断するのにおたおたしてしまう交通量の多さとマナー違反。ここでは、はねられる方が悪いのだ!しかも、「信号が青でも、ぼーっと渡ってはいけません」とガイドさんから注意を受けた私達。「判事を乗せた車の列は信号赤でも止まりませんから。だって赤で停まってる間に狙撃されたらいけないから・・・。事実、去年判事が狙撃されて亡くなりました。」
私達は「・・・・・・・・」固まってしまいました。いい年した大人達がみなかたまって遠足のように団体行動したことはいうまでもないっ。「早く日本に帰りたいよう。」


パレルモとモンレアーレを観光したあと、カターニアへ。カターニアからもう少し南に行くと、活火山エトナ山がある。100年に1度だか噴火するそうで今年あたり噴火しそうだ、と言われたものだから「行ってる間に噴火したらどうしよう・・・」などと密かに思いながら雪に覆われた山を踏みしめる。結局帰国後2ヶ月くらいしてから噴火した。「あっ、ここ私この前行ったのよお!」と家族に自慢しまくった。「(だからどうやねんなあ・・・)」by家族(多分)


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