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2001.12.
01
土曜日

ハワイ

2001.12.1-5
テロ後のハワイは空いていると思ったのに、飛行機は満席。
でもホントに日本語よく通じます。汗)))



9月11日に起きたテロのせいでv1週間後に予定していたスイス旅行を泣く泣くキャンセルした私達は、戦況も安定してきたので、懲りずにハワイに行くことにした。「だって今年どこも行ってないようう。」

12月はバーゲンだし…・とはりきってハワイへ!こんな時期だから飛行機もすいてるに違いない、とふんだ私の予想に反してJAL78便はほぼ満席だった。
空港でのセキュリティチェックも非常に厳しくて、スーツケースも開けさせられて、「ハイ、これはなんですかあ?」と隅々までチェックされてしまった。金属探知機も感度があがってるのか、初めてひっかかった。これが噂の「ヒューズE」レベルとかゆうやつかあとか思ってさ。
トドメのように搭乗ゲートから機内へのチューブみたいな通路にも机を並べて持ちこみ荷物の検査をしているのには驚いてしまった。



関西空港から6時間。ハワイのホノルル空港到着!日本は冬だけど、ハワイは常夏。でも12月の始めは季節風の影響とかで風が強い日が続く。サンセットディナークルーズとかダイビングで船に乗ったけど、ゆれることゆれること。乗り物酔いする人はとてもかわいそうだった。

 
ハワイときたら、やっぱ、ハイアットよねえ、といいつつホテルにチェックイン。30階のオーシャンビューからの眺めはベリグ!目の前には青い海!とはいかなかった。雨季で曇っていたので。それでも目の前に広がる海と左手に広がるダイヤモンドヘッドの眺めは爽快。
ハイアットは確かに一流ホテルだったけど、商魂たくましく、何をするにもお金がかかるのよねえ。テレビを見るにも、ハイ○ドル。お茶パックもハイ○ドル。ミネラルウォーターも異常に高い。極めつけは部屋のセーフティーボックスにもハイ○ドル!!こうなると意地でも1ドルも使うかって気になってしまうわよ。
部屋も洗面所も広くて快適だったけど、パンフレットで見たような、オレンジ色のライトが雰囲気よくて…という私の想像は妄想に終わった。あれはやっぱエグゼクティブスイートとかじゃないとだめなのねってかんじ。



ハワイでの目的はただ2つ。ひとつはバーゲン。ほんとに50%引きとかいうのはざらでかなり大胆にバーゲンしていた。2日目に私達はアラモアナショッピングセンターっていうところへ出掛けていった。特にお目当てがあったわけじゃないけど、そこはでかくてウィンドーショッピングだけでも1日はかかってしまう巨大なモールだった。
私の友達はそこでクリスマスプレゼントだといってウィリアム・ソノマのやかんを買ったのだけど、帰りに空港であやしまれてしまって、包みを開けるといわれ激怒していた。幸い彼女は英語ができたので、「やかんだよー!!開けたら許さん!!」とか「元通り包めるものなら開けてみな!」などと逆上して嚇しかけたりしていた。
 そのあと市内へとってかえして、デューティーフリーへ行った。そこは店員曰く「消防法の規制で…」、商魂まるみえの複雑構造の売り場だった。いったん入ったなら建物中をぐるぐる巡り歩かないと出られない、設計者は誰だと敬服したくなるような免税店。まあセール中だったから許す。だがしかし、ハワイの人って誰も彼も日本語ぺらぺーらなのね。
あのよく観光地の人が話す「ヤスイヨ、ヤスイヨ」とか「コンニチワ」とかいうレベルの日本語ではない。これは、日本人観光客が来なきゃ大打撃のはずだわと痛感した。
 



そして2つ目の目的。それはダイビング。中学の頃からダイビングが夢だったので、思いきってダイビングにチャレンジした。レギュレーターをくわえて水中で息をするのは、見る分にはとっても簡単そうなんだけど、実際やってみるとこれが難しい。水中でも息ができる、という不思議な感覚が私を混乱さす。最初に船べりをつかんで練習させてくれるんだけど、水中に顔をつけても慣れるまでは、あれあれ息ができないよお…!?と混乱する。でも苦しくない…?あら、私息できてるわ!って感じ。それから耳ぬき。吸って吐いてえ、とこんな単純な息をするだけの動作にも一生懸命なのに、さらに潜るとき一定の間隔で耳抜きをせねばならない。インストラクターがその度に指示してくれるんだけど、もうこっちは必死である。しかもだいじょぶならダイジョブの合図を、だめならダメダメという合図をかえさなきゃならないのだ。それでもなんとか水深8mの海底にたどり着く。そこにはテレビとか水族館でしかみたことのない、きれいな魚がいっぱいいた。エンゼルフィッシュってゆーのかなあ?、黄色と黒と白のしましまのせびれのナガーイきれいなおさかな。
それとかすんごい大きなかめ!水の中だから実際よりでかく見えるのかもしれないけど、甲羅が30センチくらいはあった。感動、カンドーだあっ!絶対ライセンスとって、いつかこの魚たちの写真をとるぞー!!と心にかたく誓った私だった。




そして翌日私たちは機上の人となった。帰りもやたら飛行機は混んでいた。空港でのセキュリティチェックは相変わらず厳しくて、私の友人は例のやかんのせいで長いこと拘束されていたし、ミネラルウォーターをもったまま金属探知機を通過したら「その水を今ここで飲め」とか言われていた。…・。それってつまり、その水もあやしいってことよね?
こわー!!

ハワイのワイキキはこんな時期でも日本人だらけだった。日本人観光客が激減しているといわれているこの時期でさえ、これだけ日本人があふれているとなると、ピーク時はどれだけの日本人があふれかえっているのかと思うとぞっとした。でも同時にどうしてこんなにもワイキキを日本人が好むのかがわかった。少なくともワイキキにいる現地の人は日本語をネイティブ並にあやつる人がほとんどなので、外国にいるときの警戒感が和らぐのだ。加えて気候も温暖で、日本人が憧れるリゾート地としての条件を備えていると私は感じた。嫌味でなく、ワイキキはよいところ。ゆっくりステイしてダイビング三昧とかできたら最高だわ!


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2000.09.
27
水曜日

フランス

2000.9.27-10.5
初めての3姉妹旅行。
フランスを周遊してきました。モンサンミッシェルではあまりの強風に羊がすっころんでたのが笑えました。


今回は妹2人と3人連れの家族旅行。
女もこの年になると、連れを探すのが大変でさあ。(20歳だけど、四捨五入すれば)
てっとり早く学生を釣ったというわけ。お金は親に借りさせて。私も薄給の身なので、出してあげるというわけには参りません。AIR代にしろホテル代にしろ旅行会社社員の特権を駆使しておりますので、ご勘弁願いました。

ヨーロッパ旅行に3人というのはあまり好ましくありません。なぜってヨーロッパはトリプルの部屋が狭いから。ツインの部屋にエキストラベッドをいれるので当たり前。またそのエキストラベッドが信じられないくらいしょぼかったりするし。中にはトリプル全くNOってホテルもあったりする。
が、理由もないのにひとりだけを誘うというわけにも参りません。結局3人旅となった。でも女兄弟も大きくなるととてもよいもんだなって実感した。なんといっても家族だから、ホテルでも気を使わないし、楽チンなのだ。フランスなんて日本からはるか何千キロも離れたところに来ているのに、そんな異国にいる心細さもふっとんでしまうから。皆さんも機会があれば是非家族で行ってみてください。




今回もメインは全日空で。9月28日で撤退してしまう関西空港発ロンドン行きの921便で昼頃関空を出発し、ロンドンで乗り継ぎニースイン。ニースのホテルについたのは真夜中で日本では朝7時。母親に「今着いたあ。今から寝る」と妹に電話を入れさせじゃんけんで負けた私が寝返りもうてないようなエキストラベッドで寝た。
ヨーロッパって遠い…乗り継ぎのロンドンヒースロー空港で5時間近く待ち時間があったせいもあるけど、もうこれ以上待てないようとベンチで寝てしまった。ニースへの飛行機の中でも機内食が出たが、食べる元気もない。ただひたすら早く着いてくれ!と願っていた。

ニースのホテルはこだわって、プロムナードザングレ沿いのウエストミンスターというホテルに泊まった。しかもシービュールーム指定。到着が遅くなるので、部屋をキャンセルされないようメッセージをぬかりなく入れといたが、なんとアサインされた部屋は2階だったのだ!2階じゃ眺めが悪いよう。かえてもらおうと思ったけど、ほんとかうそか今日は満室だという。きゃー、しまったわ。チェックインが遅いということはそれだけますますしょぽい部屋になるってことだわよ。アッパーフロアのリクエストも忘れずにいれときましょう、皆さん。
ともあれその日はニース観光。シャガール美術館やらマチス美術館やらへバスを乗り倒して向かう。

そしてついに私はこのニースである有名なものに遭遇してしまった。なにって、それはあの、悪名高きフランス国鉄のストライキ、である。たいして仕事もせーへんくせにストばっかりこきやがる!!このストライキのせいで予定が狂ってしまい、結局カンヌへは行けなかった。それにしてもこの日はストのせいでほとんどの列車が運休だったので、翌日夜行でパリへ向かう予定だった私達は、とりあえず明日は動くときいてほっとしていた。

翌日、オプショナルツアーでモナコとエズの半日観光に行くつもりだったが、インフォメーションセンターで「日本語ツアー、きれいな専用車でご案内」というパンフレットを発見。まあ、パブリックセンターにおいてあるのだからぼったくりではないだろうと思い、混載バスの料金とかわらなかったので、この専用車ツアーに申しこんだ。案内には「雅坊」というハンコが押してあった。「かわった名前の人だなあ、マサボーさんかなあ?」と思っていたら、なんのことはない、フランス人ガイドで「雅坊」はあて字なのだった。でも彼はとても親切だったし、日本語も上手で、パンまでごちそうしてくれた。3人での写真もたくさん率先して撮ってくれたので、現像したらこの日の写真が異常に多かった。(笑)セダンなので小回りが非常にきく。モナコの王宮で12時からの衛兵交替式がみたい、といえばバスでは入っていけない王宮の正面で降ろしてくれて待ち合わせの時間を細かく指示してくれる。車はとめとけないから。モンテカルロのF1コース上で車をとめて、ここが有名なトンネルだよお、と車が行き交う道路に並ばせて記念撮影までしてくれた。ニースに戻ってきて、駅で降ろしてくれというと駅でおろしてくれた。結局、スーツケース2ツもトランクに積んだまま運んでくれて助かった。とってもよいガイドさんでした。チップ忘れちゃだめよ。もうひとり、このツアー会社には日本人のガイドがいるみたいでしたが、彼でほんとによかったです!




その後、夜行で一路パリへ!!のはずが、ストの影響で約2時間遅れ。おまけに、フランスでは、フランスに限らないけど日本以外の国では、列車の車両が順番には並んでいないものなの。当然くるべき順番のところに私達の号車がないので焦ったけど、なんかテキトーに並んでるみたい…なんとか部屋はみつかったもののT3といって3段ベッドなものだからスーツケースを2ついれると足の踏み場もない!3人むかいあって会話もできないのでベッドに寝ながら会話した…・らいつの間にか寝ていた。
発車が遅れたけど、途中で取りかえして…なんてことはフランスではない。車掌に到着時間を確かめてみると「わからない」という!!仕方ないので近くなったら教えて、とだけ頼んでおく。結局、到着も2時間近く遅れて8時すぎにパリのリヨン駅に到着。でもあまり朝早く着いてもどうしよう…と思ってたところなのでちょうどよかった。そのままタクでモンパルナス駅近くのホテルへ。

パリでのお宿はMERCURE MONTPARNASSE。パリからモンサンミッシェルへ列車で行く予定だったのでモンパルナス駅近くが便利と判断したこと、それから空港へのリムジンバスが駅から出ているので。
このホテルは、日本で扱っているところがなくって仕方ないので正規の料金で泊まったけど、そんなに高くないけどけっこうよかった。なんといってもトリプル用のエクストラベッドがしっかりした造りだったので、ケンカせずにすんだし。

パリではお決まりの観光を一通り。凱旋門に登って、シャンゼリゼ通りを歩き、コンコルド広場で記念撮影。ルーブルも行ったしオルセーもいった。オランジェリーは残念ながら長期閉館中。美術館巡りをする人にはカルトミュゼがおすすめかも。ルーブルなんかは、入場券を買うのにもすんごい行列だから。それと作品解説の日本語オーディオはケチらず、1人1台借りた方がいい。3人で1つは聞こえ辛いしめんどー。

パリで私がはまったもの。それはサンドイッチ。フランスパンにハムをはさんだものがおすすめ。15フランくらいだったのだけど、フランスパンが堅くない!けど香ばしい。これにハムがはさまると、うーん素敵な出会い♪。ほんとどこでも売ってるんだけど、私はモンバルナス駅1階のサンドイッチ専門店チェーンらしき店のがお気に入りで、昼・晩続けてたべてもあきなかった。
それからホテルの2軒ほどとなりにあったイタリアンの店のピザ!レストランに入るほどの語学力はないし、安くあげるためにテイクアウトできるものを探して行き着いた。おいしかったので2度も行ったら、お店のオネエチャンに覚えられた。しかも同じメニューを頼もうとしたら、逆に「マルゲリータ?」と当てられてしまったあ。




パリで2泊したところで、モンサンミッシェルへ。朝7時すぎのTGVでレンヌ(RENNES)まで2時間半。そしてそこからバスに乗り換える。レンヌからモンサンミッシェルにむかうバスは午前1便しかないのでこれにあわせてパリを発つ。しかし、バス乗り場がわからない!!地図に表示された駅の北側50Mくらいのバスターミナルへいってみると、バスは1台もない。モンサンミッシェルへ行きたいの!といっても地元人には英語が通じないっ。バスの出発予定時刻が近づいてくるっ。と、なんとかモンサンミッシェル行きのバスはあっちだよ、となんとか英語で説明してくれるお姉さんが!なんのことはない、レンヌの駅に隣接した地味なグレーの3階建てくらいのターミナルビルがそれ、であった。バスの表示がでてるほうの駅の出口でてすぐ右隣。ここの1階でチケットを買う。そしてそこを通りぬけて外へでるとと、グレイハウンドのバスディーポみたいな感じでいろんな方面行きのバスが待っている。・・・とはいっても田舎なのでバスはまばらにしか来ない。

なんとか無事バスをつかまえることができた。そして揺られること2時間。やっとモンサンミッシェルである。でも雨。バスは通常はモンサンミッシェルの門の前のバス停に着くのだけど、潮が満ちているとそこまでいけないのでかなり手前で降ろされたりする。
そして横殴りの小雨と強風のなか僧院を観光。しかしガイドがいないと、どうもなにがどうなのかよくわからねー。他の団体のあとにこっそりついていったりしたが、残念ながら日本語のガイドがいない・・・。そして、もちろん名物オムレツを食す。ちょっと奮発して2000円くらいのコースランチをいってみたりしたけど、オムレツは、ふーんってかんじ。まずしい旅食事の連続だったので、ちょっと記念の雰囲気。

そしてそこからホテルにむかう。今回は島内ではなくて陸側にある「ST MICHEL(サンミッシェル)」というところ。このホテルはモンサンミッシェルが一望できる。特にトリブルルームはメゾネットになっていておもいっきりモンサンミッシェルビュー。しかも2階までの高さのぶちぬきガラスがはまっているので夜景もとってもきれい。
だけど、少し遠いので普通のカメラではあまりきれに夜景がとれなかったのが残念。
ここのボーイが超かっこいい。でも彼はフランス語しか理解しないので、タオルがほしい、という会話さえ成立しなかった!今度来るときはフランス語できるようになっとくでー!!

このホテルはモンサンミッシェルから陸側としては一番近いのだけど、とはいっても2KMくらいはあった。モンサンミッシェルから1本道で見えてるので近いように思ったけど、いざ歩くとかーなーり遠い。しかもものすごい向かい風。あまりの強風に放牧されている羊が風に転がってたもんね。ホテルまで30分もかかった。この時期すでにオフシーズンでタクシーがいなかったの!!翌朝もバス停まで歩くかと思うと気が重かった・・・。

モンサンミッシェルへ行くバスなんかの時刻表は確かフランス政府観光局のページからリンクされてたので興味ある方は是非行ってみてくださいませ。


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2000.06.
21
水曜日

北欧・ロシア

2000.6.21-7.1
夏至祭のロシア。夜十時が真昼間の明るさ!
「夏は短し、遊べよロシア人」でな勢いでみなさん暗くなるまで遊んでおられました。ちなみに日没は深夜2時すぎです。。。


初めてのヨーロッパサブ添乗。
出発1週間前になって突然声が出なくなったりして焦ったが。
(だって声が出なかったら添乗員の意味がないじゃん!タダでさえ役立たずなのに。)
ソコは耳鼻科のセンセイに「何がなんでも治してほしい!」とお願いし、薬もたっぷり出してもらってなんとか出発した。
が、実は声が出なくなった原因は「栄養失調ですね」とか言われて度肝を抜かれたのだった。
だってうら若きピチピチの乙女が「栄養失調」だなんて!
確かに一人暮らし始めて2ヶ月たらずだったけどさ。
母親に伝えたところ、野菜ジュースが1ダース(!)届いた。。。

日本でもよく夏至の日の太陽は真東から昇る、とかという表現をよく聞くけど、北欧にきて初めて夏至の威力を感じた。
だって日本じゃ、四季はあるけど日の出や日没の時間は最も差があっても2時間位だ。
なのにロシアに泊まったその日がちょうど夏至祭の日だったこともあるが、この頃の日没は夜中だ。
夜ご飯を食べて外に出たら、まるで真昼間の明るさ。
夜の気配なんて全くない。
夜ご飯食べたつもりが外に出たらまだ昼間の明るさだ。時計はすでに午後8時半を回っているのに。
体のリズムが狂っちゃう。
現地の人は短い夏の太陽をあびようとしてか、暗くなるまで(つーか夜中の12時頃だ、暗くなるのは)街へ繰り出す。そら、5時ピタで仕事終わって帰っちゃうわけだ、と妙に納得した。
いったい何時になったら暗くなるんだろうとがんばって起きてみたりしたけど、12時頃暗くなったのを確認するのが精一杯だった。夢うつつで途中で目が覚めたら、なにやらもう明るい。
「!!!」と思って時計を見たらまだ夜中の2時。
どぇー、もう日の出かい。
夏の間はいつ寝りゃあいいんじゃい!と思ってしまった。夜はどこへ行ったんじゃ?
・・・よくよく考えたらこれが「白夜」ってやつだと思い当たった。
教科書とかではよく目にする言葉だけど、実際日本に暮らしていては体験しえないものなので全く実感が伴ってなかった。
夏至の頃の北欧には夜がないのだ。太陽は沈みきらないのだ。
その分、冬は10時頃日の出で15時には暗くなってしまうという。
自然て厳しいのね・・・

アンデルセンの童話「人魚姫」に出てくる人魚の像が実はデンマークのオーデンセにあって訪れたのだが、
この世界的に有名な人魚姫の像、びっくりするほどちっさい。
世界三大がっくりの1つだという噂はあながちウソでもない。
高さ80センチ。実物大なのかもしれない。
まあ、小さいのは仕方ないのだが、確かに人魚姫が巨像だったら雰囲気ぶち壊しだし、なによりその立地があまりにもかわいそうだった。
ただでさえ、想いかなわず海の泡になってしまうかわいそうな姫なのに、北欧のその晴れた青空とは縁遠そうなイメージの暗い海にぽつねんと建って(まあ実際は座ってるんだけど)いる。
せめて花壇の真ん中に、とか思ってしまう私は夢見る少女すぎだろうか。
彼女が次は人間として生を受けることを願わずにはいられない風景なのだった。



「ロイヤルコペンハーゲン」という陶磁器で有名なコペンハーゲンで私は思いがけないモノに出合った。
それは、羽毛布団!
よく考えれば北欧なんだから羽毛はあたりまえなのだけど。
ホテルのベッドに羽毛布団が使われていたのだ。
だって普通、外国のホテルでは掛け布団はシーツ+毛布だ。
あの最大限にきっちりマットレスに織り込まれたシーツと毛布をベリベリとはがしてからでないと、仰向きに寝転んだとき足首が上にむけれないなんともやっかいなヤツ。
ところが、コペンハーゲンのホテルでは(そのホテルが偶然、だったのかもしれないが)、ベッドの上にふかふかそうな掛け布団が!
感動、であった。熟睡できたのは言うまでもない。
やっぱり日本人には布団だなー。
なんで外人さんはあんなペラペラなもの(毛布とか)着て寝るんかな~。

あと日本の倉敷にもあるけれど、チボリ公園。
本家のチボリ公園は夜遅くまで営業していて、というか夜が本番みたいで、日が暮れてライトアップされてくると、人々がわんさか繰り出してくるのには驚いた。
私はジェットコースター大好き人間なのでモチロン乗ったのだけれど、(実は添乗中なのでさすがに乗れないと諦めていたのだが)、夕食後の真っ暗な中にジェットコースター乗ったのは初めてだったしちょっと気分が悪くなってしまった。。。



暗いイメージが似合うロシアだが、短い夏・それも夏至だったので滞在中は雲ひとつない青空に恵まれた。
その一瞬輝く夏空の下で見るロシアの建物はどれも重厚で荘厳なものばかりだった。
エルミタージュ美術館もクレムリンも聖ワシリー寺院もなにもかも。
フランスのような華麗さはないけれど、おちついたしぶい、そしてところどころに社会主義の影が垣間見えるそんな国だった。
関西からは週に1便しかモスクワ行きの飛行機がないけれど、是非夏に訪れてほしい美しい国だと思った。


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